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自治医科大学医学部病理学講座

包括病態病理学部門

病理学講座包括病態病理学部門

研究業績

A  膵胆道腫瘍病理学分野におけるこれまでの成果

 膵癌・胆道癌は,罹患数,死亡数ともに増加の一途を辿っている癌腫であり,種々の癌腫の診断や治療が進歩した現在においても,依然として早期発見が困難で,予後不良な癌腫の代表です。特に膵癌の多くは発見時すでに進行しており,解剖学的位置のため画像機器などによる可視化が困難であるため,前駆病変,初期の膵癌,膵癌の発育進展過程について未解明な点が多いといえます。

 このような中で,ヒト膵管癌の前駆病変と考えられている病変には,膵上皮内腫瘍性病変(pancreatic intraepithelial neoplasia, PanINs),膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasms,IPMNs),胆道癌の前駆病変としては,胆道上皮内腫瘍性病変(biliary intraepithelial neoplasia, Bil-INs),胆管内乳頭状腫瘍(intraductal papillary neoplasms,IPNBs)などがあることがわかって来ました。

 私は,これまでこのような膵癌の前駆病変について,異常タンパク質発現,異常メチル化,網羅的遺伝子発現解析および臨床病理学的解析などの観点からその発育進展の特徴の解明や診断マーカーの探索などを試みてきました。

 その中で,膵癌細胞においてしばしば検出される異常メチル化がPanINsでも見られ,それらはPanINsの組織異型度の上昇に相関して頻度を増すことを明らかにしました[Am J Pathol(2002),Modern Pathol(2008)]。このような異常メチル化遺伝子を膵液から検出し早期診断に応用できる可能性も示しています[Cancer Bio Ther(2003)]。PanINやIPMNの腫瘍細胞からRNAを抽出して行った網羅的遺伝子発現解析では,PanINの発生にHeghog経路の異常が見られることを示し[Cancer Res (2005)],IPMNでは,非浸潤癌に比べ浸潤癌において高発現している遺伝子(S100A4,Claudin4など)を同定しました[Am J Pathol(2004)]。

 一方,IPMNが良性(腺腫)から非浸潤癌,浸潤癌と発育進展する過程では腫瘍細胞自体の変化以外に腫瘍周囲組織にも変化が見られることを, 浸潤性膵管癌の間質に高発現している分泌タンパク質ペリオスチンの発現,分布を詳細に調べることによって明らかにしました[Modern Pathol(2008)]。ペリオスチンは非浸潤性IPMNでも高度異型性病変になると,腫瘍と接した間質に高頻度に陽性像が見られることから,腫瘍と周囲間質細胞との相互作用が非浸潤癌の段階から始まっていることが明らかとなりました。このような分泌タンパク質をマーカーとして利用すれば,非浸潤癌の段階で腫瘍を発見できる可能性があります。

 膵癌周囲の組織変化に着目した網羅的遺伝子発現解析では,HIP/PAP遺伝子やHC gp39遺伝子などが,膵癌周囲実質組織(腺房細胞やランゲルハンス島など)で,癌から離れた膵実質組織に比べて高発現していることを見出しました。そして,ELISAを用いて血清中のHC gp39タンパク量を調べたところ,膵癌患者で有意に上昇していることも明らかにしました[Modern Pathol (2005)]。

 その後,肝外胆管癌間質でMatriptase発現が高度であることや独立した予後因子であることを明らかにするなど,膵胆道癌の早期病変について,腫瘍細胞,間質細胞,周囲実質細胞など複合的に解析してきました。

 最近では,膵神経内分泌腫瘍(PanNET)において組織透明化技術を用いた3次元的Ki-67(増殖能)解析(Pancreatology)や新生腫瘍血管の3次元的解析や病理画像の人工知能解析(Scientific Report)などにも取り組んでいます。

治療後膵癌評価コンセンサス会議終了後.jpg

C  国際的な病理学的疾患概念の整理

 国際的に,WHO腫瘍分類(膵臓,執筆),WHOレポートシステム(胆膵,編集),ICCR(国際的な腫瘍規約作成機関)の膵臓メンバー,国内では膵癌取扱い規約委員など,膵癌関連の分類などの整理にも携わってきました。

膵管内腫瘍の組織亜型に関する国際コンセンサス(Virchows Arch,2005):ここで共同作成した組織亜型分類は,現在のWHO分類など国際的分類にも引き継がれています。

膵癌スクリーニング(CAPS)サミット(Gut,2013):多領域の専門家が集まって膵癌の早期診断に関しての話し合いが行われ招聘され参加しました。

膵癌前駆病変の国際コンセンサス(Am J Surg Pathol,2004, Am J Surg Pathol,2015):

 現在の膵管内腫瘍(膵管内乳頭粘液性腫瘍IPMN,膵管内乳頭管状腫瘍ITPN,膵管内オンコサイト型腫瘍 IOPN)および腫瘍性病変(膵上皮内腫瘍性病変PanIN)の診断基準や分類などについてのコンセンサス会議,通称“ボルチモアコンセンサス”会議に初期メンバーとして参加しました。膵癌の研究,診療に関わる人で,このコンセンサス分類を知らない人はほとんどいないと思われるほど,国内外に普及しています。

胆管内乳頭状腫瘍(IPNB)に関する日韓合同声明(J HPBPS,2018): 

 胆管内に乳頭状に発育する腫瘍をどの様に整理し分類するか,国際的に混乱を極めていましたが,この日韓合同プロジェクト(日本側メンバー4名)で,膵臓の膵管内腫瘍との類似性からtype1とtype2に分類することで,様々な意見をある程度集約することができ,その後,国際的分類であるWHO分類(2019年発行)に採用されました。

治療後膵癌評価アムステルダム声明(Mod Pathol,2021, Br J Surg,2022):

 膵癌に対する化学療法が改良され治療成績もわずかながら改善されてきています。これを受けて,切除可能症例,切除不能症例のいずれも化学療法を行い,切除可能例は膵切除が,切除不能例でも切除可能になった症例は膵切除が行われる様になりました。そこで,化学療法後の治療効果の組織学的評価の標準化が国際的課題となり,2019年にアムステルダムで会議が開かれ,この会議に,日本人で唯一招待されコンセンサス構築に加わりました。

膵癌取扱い規約第7版,第8版 英語版委員(2016,2017,2023):

 国際的動向を把握しつつ,国内の診療の実情に合う病理検体や病変の取り扱いなどの基準作りに貢献しています。

WHO消化器腫瘍分類第4版 編集委員(2009),同第5版 執筆者(2019):

 現在,腫瘍の組織学的分類は国際保健機関(WHO)・国際がん研究機関(IARC)が発行する,通称“WHO分類”が国際標準であり,第4版の制作過程で,胆膵領域では,日本人で初めて編集者の一人に招聘され加わりました。

WHO胆膵細胞診レポートシステム第1版 編集委員(2022):

 細胞診の報告書も国際的標準化の必要性が叫ばれる様になり,WHO・IARCが国際細胞学会と共同して“WHOシステム”を作成することになりました。その膵胆道領域細胞診レポートシステム作成のエキスパートメンバーとして日本人で唯一招聘され編集作業に加わりました。

ICCR(国際的な腫瘍病理レポートシステム)膵臓委員(2020):

病理診断報告様式の国際標準化を目指すICCR(International Collaboration on Cancer Reporting)の膵臓データセットの作成に日本人で唯一expert memberとして招聘され編集作業に加わりました。

Vater乳頭部癌(PERIPANプロジェクト:投稿中):

2022年~2023年にかけてメール上の会議とイタリアでの対面会議で,これまで整理が遅れていた十二指腸乳頭部腫瘍についてのコンセンサス・プロジェクトに日本人で唯一招待され参加しました。

韓国の学会で.jpg

B  国内外多施設共同研究の実績

 実験室や検査室で行う研究のほか,国際コンセンサス会議や国際多施設共同研究などへの参画を通じて膵癌,胆管癌などの難治癌に対して病理学・病理診断学の立場から国内のみならず国際的に貢献しています。

膵粘液性嚢胞腫瘍(Pancreas,2011):膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)と膵粘液嚢胞性腫瘍(MCN)の異同について日本国内を中心に長い期間にわたってディスカッションがなされていましたが国際的にも疾患概念が整理されて来たところで,国内の多数(156例)の症例を収集しての臨床病理学的研究を行い共同で報告しました。

膵漿液性嚢胞腫瘍(Pancreas,2012):膵漿液性嚢胞性腫瘍は,良性腫瘍と考えられていますが,まれに肝臓への転移等を見る場合があり,国内の多施設共同研究により多数症例(172例)を収集解析し共同で報告しました。

膵充実性偽乳頭状腫瘍(Pancreas,2018):膵充実性偽乳頭状腫瘍は,若い女性に多く,多くは良性経過をたどりますが,生物学的には定悪性度腫瘍と考えられています。ただし,少数例での検討報告が多いため,国内の多施設共同研究により多数症例(国際的にも最大症例数の288例)を収集して臨床病理学的特徴を解析してその結果を共同で報告しました。

膵管内乳頭粘液性腫瘍(Pancreas,2019):膵管内乳頭粘液性腫瘍は,近年,その組織亜型,組織異型度などの分類が確立されて来ましたが,病理医間による診断基準のばらつきも少なくないため,国内で膵臓病理に詳しい病理医を集め,コンセンサス会議を行い,その問題点などを明らかにし共同で報告しました。

EUS-FNA病理AI開発(Sci Rep.,2021):超音波内視鏡ガイド下細針吸引生検(EUS-FNAB)上のPDACを病理組織学的にWSI(whole slide image)で評価するためのディープラーニングモデルの学習,構築の試みを共同で行いました。

EUS-FNA病理診断アルゴリズムの構築(Pancreas,2022):膵臓病変のEUS-FNB標本の正確な病理診断を達成するために,重要な特徴を同定し,信頼性と再現性のある分類診断システムの確立を共同で試みました。

自己免疫性膵炎(Virchows Arch,2022 )

  自己免疫性膵炎1型と膵管癌の鑑別診断に関する他施設共同インターオブザーバー研究を行いました。

EUS-FNA Rapid診断(EbioMedicine,2022):新鮮な非固定生物学的標本をリアルタイムで顕微鏡評価するための新しいデジタルツールである生体外蛍光共焦点レーザー顕微鏡(FCM)の評価を国際共同研究で行いました。

乳頭部腫瘍の国際コンセンサス会議2023年.jpg
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